白紙を前にすればなにも考えずとも手を動かす

ただただそこに向かう余力がないだけで、と言い訳。

ああいや、だから、熱量がないっていうんだよ

向かうだけの熱量が

 

でもそれを責める必要がどこにあるというのだろう。

絵を描かなくても生きていけるようになったんじゃないか

すがらなくても別のことで生きれるようになったんじゃないか

人と会って笑いあうことはこんなにも楽しいと知って、

それで満足して夜眠れる、そんな日々を手に入れたんだ。

 

でもどうしてそれがこんなにも辛いのか

間違っている気がするのか

裏切っている気がするのか

 

誰を?

過去の自分を。

全部捨てて技術を追いかけた日々が

苦渋の決断で捨ててきたものを 憐れにも今、拾おうと屈みこむ今の自分に蹴りを入れる。

 

どうしてそんな日々にとらわれなければならないのか

どうして昔決めたことにしばられなければならないのか

自分で育ててきたものが大きくなりすぎてしまった。

それに飲み込まれて、自分でまったくコントロールできない。

絵を描いてない自分なんて耐えられない。なのに出力されないイメージの数々。

それを捨てるなんてありえない

なのに素直に楽しくて好きと今は言えない。

 

周期の問題か。

そのうちケロッと、やっぱり嘘でした!お絵かき楽しいです!!って言っているんだろうか。

数日後、いや、数時間後にはそうなっているのかもしれない。

憂鬱になるのは今が夜だから。それだけの理由で十分だ。